未破裂脳動脈瘤と診断された患者様へ
はじめに
未破裂脳動脈瘤と診断されれば誰もが不安になります。私たち脳神経外科医は、破裂の危険性が高い動脈瘤を保有する患者様には、治療を行うことで将来起きる可能性のあるくも膜下出血を予防し、不安から解放されよりよい生活をしていただくようにします。一方破裂の危険性が低い動脈瘤、年齢や全身合併症などの関係から予防的治療の適応とならない患者様に対しては、適切な経過観察を行い可能な限り安心して生活できるよう最大限の配慮を行います。
未破裂脳動脈瘤は残念ながら現在の医学では薬物療法などで破裂を予防することはできません。脳動脈瘤の治療は開頭クリッピング術、カテーテル手術(コイル塞栓術、フローダイバーター留置術、WEB留置術)がその中心となります。
脳動脈瘤の治療は近年急速に進歩しております。私が脳神経外科医となった20年以上前は開頭クリッピング手術が主流で、カテーテル治療であるコイル塞栓術は国内導入されたばかりの治療でした。私は20年以上前から将来は開頭手術とカテーテル治療を駆使することで、より低侵襲で安全な治療が提供できるものと確信し双方の治療の研鑽を行い現在に至るまで1000例以上の患者様に対し治療を行って参りました。双方の治療ができるということは、脳動脈瘤の状況だけで治療方法を選択するのではなく、患者様それぞれの背景に応じた患者様が主体となった最適な治療選択を提供できるようになります。そのため実際に当院で対応が不可能な脳動脈瘤の患者様は極めて稀です。当院での治療が難しい患者様につきましては、残念ながら現在の医学ではどこの施設でも治療が困難な部類に入るかと思います。
当院は地方都市に位置する病院ではありますが、このような治療方針をとっていることから、脳動脈瘤の治療件数は全国でもトップクラスの治療件数となっております。どちらの治療がよりその患者さんの人生にとってよりよいのかを熟考した上で経過観察を含めた治療選択を提示します。安心して相談、受診してください。
脳動脈瘤とは?
脳動脈瘤は、脳の血管にできた風船のようなコブ(ふくらみ)のことです。この脳動脈瘤が破裂(やぶける)するとくも膜下出血をきたします。未破裂動脈瘤は破裂をきたしていない脳動脈瘤であり、そのほとんどは無症状ですが、近年脳ドックや画像診断の普及により発見されることが多くなってきました。
脳動脈瘤は、脳の血管分岐部の璧が弱い部分に血液の圧力が加わり続けることで、瘤を形成すると考えられています。動脈硬化や、高血圧などの生活習慣や、生まれつき血管壁の弱い(家族性に動脈瘤を認める方はそのような素因があるとも言われています)ことが要因となることもあります。我が国では、脳ドックを受けた方のうち5~6%の人に未破裂動脈瘤が発見されたという報告もあり、決してまれな病気ではありません。喫煙、大量飲酒、高血圧、血縁者にくも膜下出血になった方がいる人は、脳動脈瘤を保有する可能性が高いと考えられています。
くも膜下出血とは?
くも膜下出血は人口10万につき年間約20人に発症する疾患とされていますが、実際は欧米よりも発生率が高く、脳動脈瘤の破裂リスクは日本人においては高いものと推測されています。その予後は救急体制の整備や手術・血管内手術技術の進歩,術後管理の充実などに伴い少しずつ改善していますが、おおむね死亡率は30-50%におよび、生存できた場合にも、後遺症などで社会復帰率は50%に達することはない予後不良の疾患です。
未破裂動脈瘤の症状は?
ほとんどの未破裂脳動脈瘤で症状はありません。したがって破裂をしない限り日常生活に支障をきたすことはありません。しかし時に動脈瘤が脳神経にあたって症状を出すこともあります。このため「目が見にくい」、「物が二重に見える」といった症状で発見されることもあります。
未破裂動脈瘤はいつ破裂するのか?
個々の動脈瘤の破裂については、現在のところ、いつどのタイミングで破裂するかを予測する方法はありません。したがって生涯破裂することなく経過する可能性もある一方で、破裂により重篤な状態になる方もいます。破裂した場合には、突然今まで経験したことのないような激しい頭痛(バッドでなぐられたような頭痛)や意識障害、麻痺などの症状が出現します。
未破裂動脈瘤の自然歴(破裂率などについて)
どのような動脈瘤が破裂しやすいの?
脳動脈瘤の破裂率について、世界中で多くの研究が行われてきましたが、正確な破裂率は明らかにはなっていません。それは人種による破裂率の差(日本人では破裂しやすい)や、比較的破裂の危険性が高いと考えられている患者さんの多くは治療を受けているためです。
2014年に複数の研究結果を解析し発表されたPHASESによれば破裂に関与する因子として、人種、高血圧、年齢、動脈瘤サイズ、くも膜下出血の既往、動脈瘤の部位とされました。
また日本脳神経外科学会が中心となり、日本人における調査では(UCAS Japan)、全ての動脈瘤の年間破裂率は0.95%で以下の要因が破裂危険因子であることが分かりました。
- ① サイズが大きくなるに従い破裂率が高くなる。
- ② ブレブという動脈瘤の璧の突出、不整
- ③ 部位:後交通動脈分岐部、前交通動脈
その他過去の報告から破裂危険因子と考えられるものとして、2親等以内の家族歴、他の破裂動脈瘤(くも膜下出血を起こした動脈瘤)に合併したもの、椎骨脳底動脈に発生、多発、いびつな形、高血圧、喫煙歴、多量の飲酒のある場合、経過観察中の変化、症候性のもの(脳神経の圧迫症状)などが挙げられています。一方で発見されてから数年間の経過で形状や大きさが変化しない動脈瘤の破裂危険性は低いと考えられています。
どのような動脈瘤が治療対象になるの?
- ● 大きさ5-7 mm以上
- ● 上記未満の小さなものであっても,
- □ 症候性(目の症状など)の脳動脈瘤
- □ 前交通動脈,後交通動脈部分岐部などの部位
- □ 縦長、不整形・ブレブを有するなどの形態的特徴や、細い血管にできたもの
- ● 年齢はおおむね70歳以下(余命が10年から15年以上見込める方)
予防的治療は?
くも膜下出血を予防するためには、破裂する前に脳動脈瘤を治療する必要があります。現在未破裂脳動脈瘤の破裂予防治療として二つの治療方法があります。開頭術による開頭クリッピング術(切る手術)ならびに、カテーテルによる脳動脈瘤コイル塞栓術(切らない手術)です。いずれの方法も長所、短所があります。当院では、瘤の位置や大きさ、形、その他患者様の背景などを考慮し、より適切な治療法を選択し提案、相談の上決定しています。
開頭クリッピング術(切る手術)
当院では髪毛は切らずに行っております。皮膚を切る場所は髪の毛で隠れるように設定します(動脈瘤の部位などによってはさらに小さな皮膚切開、小さな開頭で行うこともあります)。皮膚切開をした後特殊なカッターで頭蓋骨を外し、脳の表面を覆う硬膜を切開して脳に到達します。脳に到達してからは顕微鏡下での手術になります。脳には隙間があり、この隙間を利用して動脈瘤まで到達します。動脈瘤に到達してからクリップを動脈瘤にかけて出血しないように処置をします。場合によってはバイパスなどを併用することもあります。おおよそ1~2週間の入院が必要になります。
小開頭(低侵襲)クリッピング術
当院では開頭術を受ける患者様の精神的苦痛の軽減および、早期社会復帰、皮膚や筋肉の切開による侵襲の低減を行っております。同時に安全性を担保するため術中モニタリング、インドシアニングリーンによる術中血管造影による穿通枝温存など最大限の配慮を行っております。動脈瘤の部位や大きさによっては小開頭クリッピング術にて施行しておりますが一般的な方法と遜色することない安全性と確実性を得ております。
脳動脈瘤コイル塞栓術(切らない手術)
脳血管造影室にてレントゲン透視下に行います。足のつけねの動脈に針を刺入しカテーテルという管(ガイディングカテーテルといいます)を入れ、治療する動脈瘤の位置に応じて適切な位置にガイディングカテーテルを誘導します。さらにこのカテーテルの中を非常に細いカテーテル(マイクロカテーテル)を挿入し、動脈瘤内に誘導します。プラチナでできた非常に柔らかいコイルを動脈瘤のサイズや形状に合わせたものを選択し、順次詰めていき動脈瘤内の血流を遮断します。動脈瘤の大きさや形状によっては、風船つきカテーテル(バルーン)を用いたり,ステントを併用することもあります。開頭より入院期間は短く5日から1週間前後の入院となります。
分岐部動脈瘤に対するパルスライダーデバイス
コイル塞栓術施行において、親動脈へのコイル逸脱を防ぐ手段として、従来よりバルーンやステントが使用されてきました。ステントによる治療は急速に広がり、コイル塞栓術で治療できる患者さんも多くなりました。一方でステントの複数本の使用などは、虚血性合併症(血栓形成)などによる脳梗塞のリスクが高くなることが問題となっていました。
パルスライダーは血管の分かれ目にできた、根元の広い動脈瘤に対しするコイル塞栓術の補助器具として開発され2020年より本邦導入となりました。
分岐部動脈瘤に対して、新たに開発されたパルスライダーは、動脈瘤のネック(根本)部をカバーする一方で親血管の部分にかかる金属が少ないため、従来のステント治療より血液をサラサラにする内服薬(抗血小板剤)の服用期間や量が少なく治療が可能となることが期待されております。
パルスライダーの留置が困難な場合や術中に不適切と判断した場合にはステントの留置に切り替えることもあります。
フローダイバーター治療について
脳動脈瘤は破裂を来すと致命的なくも膜下出血をきたします。特に最大径が 10mm を越える大型脳動脈瘤の破裂率は高いことが知られております。
また稀に近位内頚動脈でも出血し、脳動脈瘤が大きくなると破裂しなくても周囲の脳や神経への圧迫により神経症状を来すことがあるためしばしば治療を必要とします。
脳動脈瘤の破裂や増大を防ぐため開頭クリッピング手術や血管内コイル塞栓術が行われていますが、大型動脈瘤や紡錘状動脈瘤ではそのような治療が困難で血管ごと閉塞せざるを得ないことが多くありました。
血管内治療では、コイル塞栓術や従来のステントを併用したコイル塞栓では再発率が高く、また開頭術でもバイパス術を併用したり、血管の閉塞、頭蓋底の骨削除を必要としたりと侵襲や難易度の高い治療が必要となっています。これら従来の治療法では理想的な根治的治療が困難と考えられる脳動脈瘤を対象としてフローダイバーターと総称される画期的なステントが開発され本邦での治療も開始されました。これは従来の血管内治療と異なり、動脈瘤内にカテーテルを誘導しコイルなどの塞栓物質を充填することなく、目の細かいステントを血管に留置することで動脈瘤に流入する血行を制御し、動脈瘤の破裂や増大を防ぎ、同時に血管を温存するという方法です。動脈瘤内の血流が停滞し血栓化、フローダイバーター内に新たな血管内皮細胞が張ることで血管が修復されます。従来の開頭術やコイル塞栓術が困難な患者様に対し治療を考慮します。
治療の方法
1.治療 10 日以上前を目安に抗血小板薬(血液をサラサラにする薬剤)の投与の開始をいたします。血小板凝集能を術前に測定し、十分な抗血栓効果を確保していることを確認します。場合によっては薬剤の変更や追加、手術の延期もあります。
2.治療は全身麻酔下で施行しますが全身状態によっては局所麻酔で施行することもあります。術中は血栓形成を予防するための薬剤を追加します。
3.大腿動脈(太もものつけね)もしくは上腕動脈からカテーテルを挿入します。
動脈瘤を十分にカバーするようにフローダイバーターを留置展開し必要に応じてバルーンで密着させます。
4.カバーが不十分である場合や動脈瘤内への強い血流が残存する場合などでは、フローダイバーターの複数留置や、硬膜内動脈瘤は瘤内へのコイル留置の併用を行います。
5.穿刺部の止血を行い術後数時間の安静とします。
術後
動脈瘤の血栓化に伴う局所炎症反応を抑えるため必要に応じて炎症を抑える薬剤(ステロイド)投与を行うことがあります。また抗血小板剤は現状では2年は継続していきます。
治療は安全なのか?
安全な治療を高い水準で提供できるようスタッフ一同日々研鑽しておりますが、手術には不確定な要因もあるため、絶対に安全な治療はなく、治療により合併症をきたす可能性があります。頻度は少ないものの、麻痺や失語などの重篤な後遺症や、きわめて稀ですが死亡をきたすようなこともあります。合併症の種類や頻度については治療する動脈瘤や患者さんの状態、治療方法により異なるため、詳細を治療前に十分説明し、納得が得られた場合のみ治療を行います。
経過観察する場合は?
未破裂脳動脈瘤の自然歴は未だ不明な点も多く、一方で治療する場合には、残念ながら絶対に安全な治療方法がないのが現状です。経過観察を選択した場合には、破裂の危険因子である喫煙、大量の飲酒を避け、高血圧を管理することが重要になります。また半年から1年毎の画像による経過観察をおこなうことが推奨されます。経過観察にて瘤の拡大や変形、症状の変化が明らかとなった場合、治療が必要になることがあります。しかし経過観察をしても破裂を予防、予知には限界があるのが現状です。もし経過観察中に突然今まで経験したことのないような激しい頭痛が出た場合にはすぐに受診するようにしてください。
どうしたらよいのか?
最終的には動脈瘤の破裂危険性、治療難易度、年齢と健康状態、人生観などを天秤にかけ方針を決定していきます。経過観察、開頭クリッピング術、コイル塞栓術の3つの選択肢の中から、その時点で最善と考えられる方針を選択します。脳動脈瘤=くも膜下出血ではなく、また脳動脈瘤=手術ということでもありません。
未破裂動脈瘤と診断されると頭の中がパニックになり冷静な判断ができなくなったり、また情報も氾濫しているためどうしてよいか分からなくなることも多いかと思います。私たちは、破裂の危険性が高いと考えられる患者さんに対し、最大限安全確実な治療を提供できるようにし、一方で破裂の危険性が少ないと考えられる患者さんに対しては、極力不必要な手術や不安を回避するようにしております。一人で悩まずお気軽に相談ください。